徒然日記
23年3月8日 その5674『逢坂誠二の徒然日記』(7371)
夜明け前の東京は、あまりシーイングは良くありませんが多少の星が見えます。西の空には満月を過ぎた月が浮かんでいます。今の気温6度。日中は晴れ、 20度程度になる見込みです。
1 )行政文書
官邸からの圧力で放送法の解釈を変えた経緯を記した文書の全てが行政文書であることを総務省が、昨日、認めました。総務大臣は、文書の一部には記載内容の正確性が確認できていない文書があるとも指摘しましたが、それは今後、検証すれば良いことだと思います。もっといえば会議などの議事録と違い、あの文書の大半は発言者に確認して作成したものではありません。担当者が、協議の経過をメモしたものを整理したものですので、記載内容に多少の不正確さが残るのは織り込み済みです。しかし、協議の流れの全体像は変わらないのだと思います。あの文書によって総理補佐官の働きかけが切っ掛けとなり、最終的に総理も加わって、放送法の政府解釈に新たな付け加えがあったことが明確となりました。さらに自分たちの意に沿わない番組に圧力をかける意図も明確です。
放送法上の政治的公平性について従来の政府解釈は「放送事業者の(全ての)番組全体を見て判断する」としてきたのですが、この解釈に新規に「一つ一つの番組を見て、全体を判断する」ことが、法制局のとの協議もなく付け加えられたのです。総務省は、解釈を変更していないと言い続けていますが「一つ一つの番組を見て」が加わることで、放送事業者への萎縮効果は大きくなると思われます。法の解釈に手を加えることで、権力者の気に入らない番組に影響を与えようとしたことは、言語道断、絶対に行ってはならないことです。
今日13時から、参院予算委員会で、小西議員が再びこの問題を取り上げる予定です。注目頂きたいと思います。
2 )相手チームの監督が突然、審判に
国が被告となった裁判を担当していた政府の職員が、国が被告の似たような裁判の裁判長になる・・・。これは不公正なことで、こんなことはないと多くの方は思っていると感じますが、日本ではこれが公然と行われています。裁判官が法務省の訟務担当職員になったり、検察官になったり、またその逆、検察官や訴訟担当の職員が裁判官になったりします。これを判検交流と言います。戦後、民事の専門家が不足していた時代にこの交流が始まりました。最初は 10数名程度だったといいます。ところが最近は100名を超える交流規模になっています。こんなことで、きちんとした裁判が行われるのかと多くの人が疑問を持っています。この交流については、国会でも取り上げられたり、日弁連から禁止すべきとの意見もありますが、現在も続いています。
東海第 2原発の運転差し止め訴訟の控訴審では、東京高裁の永谷典雄氏が裁判長でした。ところが昨年、この永谷氏が、東海第2差し止めを含む過去の原発訴訟に、法務省の訟務担当として国側の立場で関与していた経歴があることが判明しました。
原告弁護団から、この経歴に対する指摘があり、現在はこの裁判から外れています。今回は、原告弁護団が永谷氏が過去に国の裁判の担当ををしていたことを知っていたから、おかしいと指摘することができたのですが、公正な判断に支障があることを理由にして、今回のように裁判官が交代した事例はこれまでほとんどないと言います。
これは、相手チームの監督が突然、審判になって判定をするようなものなのです。国が裁判を有利に進めることを意図してこんな人事をしたのかどうかは分かりませんが、公正な裁判実現するためのチェックが働いていないことは事実です。
さあ今日も ブレずに曲げずに、確実に前進します。
===2023.3.8===
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lin.ee/eDi8g6I
こんにちは。
判検交流のことで、話の筋は今日の話題とは多少ズレますが、小職が
経験した一つのエピソードがあります。
ジャーリストの江川紹子氏をご存じだと思いますが、彼女とツイッター
上で、時々、他の人も交えてクラシック音楽や彼女のネコさんの事で、
和気あいあいのやり取りをしていたのですが、ある時、ある人が取調べ
の可視化に言及し、裁判所と検察の関係に疑問を呈する発言をしました。
江川さんは、即刻、厳に否定したのですが、小職が「判検交流」という
「制度」もありますよねと話を振ると、即、ブロックしてきました。
民主党政権の頃、法制審議会などで活躍されていた江川氏ですが、
正体見たり、という気がして、以後、彼女のマスコミでの発言には
常に眉に唾して見ています。彼女のブロックの意味は必ずしも
判然とはしていませので、小職の考え過ぎとは思いますが。
民主党政権及びその周辺には、本物と偽物が混在していましたが、
改めて、その一端を垣間見た思いでした。自分も含めて言いますが、
人を見る目というのは、なかなか養えないものですね。
うらべ
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