徒然日記

ちばてつやさんを偲んで 【26年10月29日 『逢坂誠二の徒然日記』8700回】

昨朝の函館は、強い風と雪。看板ものぼり旗も飛ばされそうな状態で、街頭活動は中止しました。いよいよ厳しい季節に入って来ます。

1)ちばてつやさんを偲んで
改めて、漫画家ちばてつやさんに哀悼の誠を捧げます。

私が初めて読んだちばさんの作品は、『ちかいの魔球』だったと記憶しています。
私は店舗兼住宅の借家で生まれ、6歳までその家で暮らしました。今でも、その家の茶の間で『ちかいの魔球』を読んだ光景が、記憶の中に残っています。

次に夢中になったのが『紫電改のタカ』です。
太平洋戦争中の戦闘機乗りを描いた作品で、何度も何度も読み返しました。
特に忘れられないのは、その結末です。母親と信ちゃんが大分へ面会に向かうところで物語は終わります。しかし、主人公の滝城太郎は、もう生きてはいないのではないか。子ども心にそう感じました。あの最後の場面は、今も頭から離れません。

その後も、『ハリスの旋風』『あしたのジョー』『おれは鉄兵』『のたり松太郎』など、数え切れないほどの作品を読みました。
『ハリスの旋風』については、母から「なぜ『風』ではなく『旋風』なのか」と尋ねられたことを覚えています。当時の私には答えられませんでしたが、そんな何気ない親子の会話まで、漫画とともに記憶に残っています。
『あしたのジョー』は、漫画の世界を超えて社会現象となり、力石徹の葬儀まで行われました。私も繰り返し読み、その世界に引き込まれました。

そして近年は、『ひねもすのたり日記』を通して、ちばさんご自身の戦争体験を改めて深く知ることになりました。

こうして振り返ると、文字を少しずつ読めるようになった幼少期から今日まで、私の人生には、いつもちばさんの漫画があったのです。

2018年12月11日、あるご縁から、ちばさんのご自宅を訪問する機会を得ました。
子どもの頃から憧れ続けた漫画家の家を訪ねるのですから、胸が躍りました。

そのとき、私には二つの願いがありました。
一つは、ちばさんと直接お話しすること。もう一つは、屋根裏部屋のような仕事場を見せていただくことでした。

ご自宅に着くと、ちばさんは気さくに私たちを迎え入れてくださいました。
10分ほど懇談した後、私はおそるおそる「仕事場を見せてもらえますか」とお願いしました。
すると、ちばさんは何のためらいもなく「どうぞ」と案内してくださいました。

そこは、想像していたとおり天井が低く、まるで秘密基地の指令室のような空間でした。
机の上には、まさに作業途中と思われる原稿や資料、画材などが所狭しと置かれていました。机の上の棚には落語のテープがたくさん並んでいます。落語などを聴きながら作品を描くとのことでした。
ここから、あの数々の名作が生み出されてきたのか。
そう思うと、何とも言えない感慨が湧き上がってきました。
ちばさんは、満州から引き揚げる際、1年近く中国人の家にかくまってもらった経験をお持ちです。あの天井の低い仕事場には、幼い頃の満州での体験につながる何かがあったのかもしれません。

その日の懇談では、日本社会や政治についてもお話ししました。

ちばさんが、日本社会の行方に強い危機感を抱いていることは、以前から新聞や雑誌などを通じて知っていました。

私が、今の日本は「鳴門海峡の渦潮の淵に立っているようなものですね」と申し上げると、ちばさんは、淵ではなく、もう少し中に入っている、油断すると渦の中に引き込まれる、と話されました。

その言葉には、強い危機感が込められていました。

漫画を通して、人間の生き方や戦争の悲惨さを描き続けてきたちばさん。その方が、日本の社会や政治のあり方をこれほど深く案じている。

私は、その思いを重く受け止めました。

翌12日、私はこの訪問のことを少しだけ徒然日記に記しました。

あれから8年近くがたちました。

ちばさんの作品を読み続けてきた歳月、そして、ご自宅で直接お話しできたあの日のこと、あの日の写真は、私にとってかけがえのない宝物です。

その後も、ちばさんとのご縁は続きました。

2023年11月1日には、ちばてつやさん、里中満智子さんらとともに、超党派のMANGA議員連盟の副会長として総理官邸を訪問し、岸田文雄総理に要望を行いました。

日本が世界に誇る漫画文化を守り、次の世代へ引き継いでいくため、漫画原画や貴重な資料の保存、デジタル化、文化拠点の整備などを求めるものでした。

子どもの頃から夢中になって読んできた漫画。その作者であるちばさんと、今度は日本の漫画文化の未来について、ともに行動することになるとは、幼い頃の私には想像もできなかったことです。

ちばさんは、漫画を描くだけでなく、漫画という文化を守り、育て、未来へ伝えることにも力を尽くされました。
その姿にも、私は深い敬意を抱いています。

そして、昨年春の園遊会でも、ちばさんにお会いすることができました。
ちばさんは紋付袴姿で出席されており、とてもお元気そうでした。久しぶりにお話しすることができ、私から「また遊びに行きます」とお伝えしました。
あのときの穏やかな笑顔と紋付袴姿が、今も目に浮かびます。
またお会いできるものと思っていました。その約束を果たせなかったことが、残念でなりません。

ちばさんが漫画を通して伝え続けた命の尊さ、人間の弱さと強さ、そして平和への願い。その思いを、これからも大切にしていきたいと思います。

ちばてつやさん、長い間、本当にありがとうございました。そしてこれからも、ちばさんの作品を読み続けたいと思います。

心からご冥福をお祈りいたします。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年10月29日 その7003『逢坂誠二の徒然日記』8700回】

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