徒然日記
公文書は民主主義の基盤 【26年10月28日 『逢坂誠二の徒然日記』8699回】
漫画家のちばてつやさんが亡くなりました。心から哀悼の誠を捧げます。いずれ改めてちばさんのことは日記に書きます。合掌。
1)公文書は民主主義の基盤
福田康夫元総理の訃報に接し、改めて公文書管理法について考えています。
2009年に成立した公文書管理法は、公文書をどのように作成し、保存し、利用するかを定めた法律です。
第1条では、公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけています。
つまり、公文書は役所だけのものではなく、国民みんなの財産だということです。
そして、行政の仕事を適切かつ効率的に進めるとともに、国が何をしてきたのか、今の国民にも、将来の国民にも説明できるようにすることを目的としています。
第4条では、行政が何を、なぜ、どのように決めたのか、後から確かめられるように、原則として文書を作成することを義務づけています。
行政がどのような議論を重ね、何を根拠に判断したのか。それを国民が後から検証できることが大切なのです。
ところが、この10年あまり、公文書の隠蔽、改竄、不適切な廃棄などが繰り返されてきました。
公文書は、行政のためだけにあるのではありません。国民のため、そして未来の世代のためにあるのです。
この法律の理念を実際の行政運営に生かすためには、公文書管理制度の抜本的な改革が必要です。
そのために、私は特に二つのことが重要だと考えています。
第一に、
行政などの活動をどのように記録するか、不断に見直し、改善し続けることです。
例えば、政治家や外部の関係者との面会、政策決定に至るまでの協議、採用されなかった政策案などについて、何をどこまで記録すべきか。
また、電子メールやチャット、オンライン会議など、新しい連絡手段によるやり取りを、どのように記録し、保存するのか。
こうしたことを具体的に検討し、社会や技術の変化に合わせて、記録のあり方を常に進化させる必要があります。
私は、これこそが公文書管理を考える上で、最も基本的な出発点だと思っています。(日本の公文書の最大の課題はここかもしれません。)
なぜなら、そもそも記録が残されなければ、公文書として保存することも、後から検証することもできないからです。
第二に、
公文書管理を担う組織の独立性と権限を強化し、監視・指導の実効性を高めることです。
現在の日本の制度を前提とするならば、会計検査院に匹敵する独立性と権限を持つ組織が必要だと考えています。
これまでの行政の実態を見ると、役所自身の判断だけに任せていては、自分たちにとって不都合な事実や経緯が記録されなかったり、十分に残されなかったりするおそれがあります。
それでは、公文書が本来果たすべき役割を十分に果たすことはできません。
例えば、必要な記録が作成されているか、保存期間が適切に設定されているか、文書が不当に書き換えられたり、廃棄されたりしていないか。
こうしたことを、役所の機関から独立した組織が日常的に点検し、問題があれば調査や改善指導を行える仕組みが必要です。
重要なのは、すでに作成された公文書の管理状況を調べるだけでなく、そもそも残すべき記録がきちんと作成されているかという段階から監視することです。
必要な記録を確実に残すこと。
そして、その記録を適切に保存・管理すること。
この二つを、独立した立場から監視すること。
これが、公文書管理制度を実効性あるものにするための基本だと考えています。
公文書を大切にすることは、国民に対する説明責任を果たすことです。
そして、それは民主主義を守り、未来の世代に責任を果たすことでもあります。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年10月28日 その7002『逢坂誠二の徒然日記』8699回】
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