徒然日記

日本の冷凍食品は北海道森町から 【26年10月17日 『逢坂誠二の徒然日記』8688回】

昨日昼過ぎ、巨大地震の発生を知らせる緊急地震速報が発表されました。函館では震度4の予測。私も思わず身構えました。
ところが、3分たっても5分たっても大きな揺れはありません。その後、警報は取り消されました。
午後2時からの気象庁の会見では、誤報だったとのことです。
緊急地震速報は、人命を守るための重要な仕組みです。それだけに、今回の誤報が社会に与えた影響は小さくありません。
原因を徹底して究明し、再発防止につなげる必要があります。
一方、地震の規模や揺れを短時間で正確に推定することの難しさも、改めて浮き彫りになりました。
誤報をなくす努力と、警報が出たら直ちに身を守る行動。この両方が大切です。

1)日本の冷凍食品は北海道森町から
日本の冷凍食品の歴史が、北海道の森町から始まったことをご存じでしょうか。
今から106年前の1920年(大正9年)、北海道茅部郡森町に、日本初とされる本格的な食品冷凍施設が建設されました。
手がけたのは葛原猪平という人物です。
当時、魚介類を新鮮なまま遠くへ運ぶことは容易ではありませんでした。そこで、冷凍技術を活用し、魚介類を長期間保存する取り組みが始まったのです。

今では、冷凍食品は私たちの食卓に欠かせない存在です。冷凍野菜、餃子、炒飯、弁当のおかずなど、その種類は実に多彩です。
しかし、冷凍技術が果たしている役割は、単に調理の手間を省くということにとどまりません。
冷凍技術は、食料の生産、保存、輸送、消費のあり方を大きく変えました。

農水産物には、収穫や漁獲の季節があります。また、生鮮食品は時間がたてば品質が低下します。
かつては、豊漁や豊作であっても、保存や輸送が難しければ、地域で消費できない分が無駄になることもありました。
冷凍技術は、こうした時間と距離の制約を大きく変えたのです。
例えば、北海道で水揚げされた魚介類を冷凍し、数か月後に国内外で販売することができます。遠く離れた国で収穫された農産物を、季節の異なる日本の食卓に届けることも可能になりました。
つまり冷凍技術は、食料を生産する場所と消費する場所、生産する時期と消費する時期を切り離し、食料の供給を時間的にも地理的にも大きく広げたのです。

家庭生活における役割も重要です。
共働き世帯、高齢者の単身世帯、子育て家庭など、暮らしのあり方が多様化する中で、冷凍食品は日々の食生活を支えています。
必要な量だけ取り出して使えることは、調理時間の短縮だけでなく、買い物の負担軽減や食品の使い残しを減らすことにもつながります。
また、学校給食、病院、介護施設、社員食堂、飲食店などでも、冷凍食品は広く活用されています。
これは単なる便利さの問題ではありません。
人手不足が深刻化する社会において、限られた人員でも安定して食事を提供するための重要な仕組みになっているのです。

さらに、冷凍技術は食品ロスの削減や食料安全保障にも大きく関わっています。
農水産物が大量に収穫されたり、水揚げされたりした際、冷凍保存ができれば、すぐに消費できない分を後日利用することができます。
天候不順や不漁、物流の混乱などが発生した場合にも、適切に管理された冷凍在庫は食料の安定供給を支える手段となります。
もちろん、冷凍すれば必ず食品ロスが減るわけではありません。適切な温度管理や在庫管理が必要ですし、冷凍設備を動かすための電力も欠かせません。
それでも、食料を無駄なく利用するために、冷凍技術が果たしている役割は極めて大きいものがあります。

そして、もう一つ忘れてはならないのが、世界の食料流通との関係です。
今日、世界の食料は国境を越えて大量に移動しています。
例えば、ノルウェー産のサバ、南米産の鶏肉、海外で加工された冷凍野菜などが、日本の食卓に届きます。
逆に、日本で水揚げされた水産物も冷凍され、海外の市場へ輸出されています。
こうした国際的な食料流通を支えているのが、冷凍倉庫、冷凍コンテナ、冷凍輸送車などの設備です。
食品を生産地から消費地まで適切な低温状態で管理する仕組みは、「コールドチェーン」と呼ばれています。
もちろん、穀物や缶詰など、冷凍を必要としない食料も大量に流通しています。
しかし、水産物や食肉をはじめ、傷みやすい食品の国際流通を現在の規模で維持することは、冷凍・冷蔵技術なしには極めて困難です。
今や冷凍・冷蔵技術は、世界の食料供給を支える社会基盤の一つになっているのです。

このことは、世界の飢餓問題とも深く関係しています。
国連環境計画(UNEP)と国連食糧農業機関(FAO)が2022年に発表した報告書では、冷蔵・冷凍などの冷却設備が十分に整っていないことによって、世界で大量の食料が失われていると指摘しています。
同報告書が示した2017年の推計では、冷却設備の不足による食料損失は年間約5億2,600万トンに達し、世界の食料生産量の約12%に相当するとされています。
驚くべき数字です。
世界には、十分な食料を得られず、飢餓や栄養不足に苦しむ人々が数多くいます。
一方で、生産された食料が、保存や輸送の仕組みが不十分なために失われているのです。
食料問題は、単に生産量を増やせば解決するものではありません。
生産された食料を傷めずに保管し、必要とする人々に届けることも、同じように重要なのです。
ただし、冷凍・冷蔵設備には多くのエネルギーが必要です。冷媒による温室効果ガスの排出という問題もあります。
今後は、省エネルギー型の設備や環境負荷の小さい冷媒の普及を進めながら、食料の保存・流通の仕組みをさらに充実させていく必要があります。

こうして考えると、1920年に北海道森町で始まった食品冷凍事業の意味が、改めて見えてきます。
当時の目的は、魚介類を新鮮なまま保存し、遠くへ届けることでした。
その挑戦から106年。
冷凍技術は、食品の保存方法を変えただけではありません。人々の暮らしを変え、食料の流通を変え、世界の食料供給のあり方を大きく変えました。
食料をいかに多く生産するか。
それと同時に、生産された食料をいかに無駄なく、必要とする人々に届けるか。
これは、世界の食料問題を考える上で、極めて重要な課題です。
その技術の日本における本格的な事業の出発点が、私たちの暮らす道南の森町にあったのです。
地域で生まれた一つの挑戦が、時代を超えて社会を大きく変えていく。
森町の冷凍食品の歴史は、そんなことを教えてくれます。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年10月17日 その6991『逢坂誠二の徒然日記』8688回】

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