徒然日記
AIと倫理 【26年7月15日 『逢坂誠二の徒然日記』8594回】
1)AIと倫理
最近、AI(人工知能)という言葉を見聞きしない日はありません。政府も昨日、改定AI基本計画を閣議決定しました。
「AIとは何か」と改めて問われると、意外に説明は難しいものです。
AIとは、人間が行ってきた「学ぶ」「考える」「判断する」といった知的な働きを、コンピューターによって実現しようとする技術です。膨大なデータを学習し、その中にある規則性や特徴を見つけ出して予測や判断を行い、人間の知的活動を支援し、時には代替します。近年は、文章や画像、音楽、プログラムまで生み出す「生成AI」が登場し、その能力は急速に高まっています。
一方で、「AIは人間のように考えているのか」「意識や感情を持っているのか」という問いもあります。しかし、現在の科学では、それに明確な答えはありません。少なくとも、現在のAIに人間のような意識や感情があることは確認されていません。一方で、人間の意識や感情そのものがどのように生まれるのかも、まだ十分には解明されていません。つまり、「AIには意識はあり得ない」とも、「AIには意識がある」とも、現時点では断定できないのです。
AIは医療、教育、農業、防災、製造業など、さまざまな分野で人間を支える力になっています。しかし、その発展は新たな課題も生み出しています。個人情報をどう守るのか、著作権をどう考えるのか、軍事利用をどう考えるのか、フェイク情報やサイバー攻撃への悪用をどう防ぐのか。AIは高度な技術であると同時に、人権や民主主義にも深く関わる存在になっています。
もう一つ見過ごせないのは、人間自身への影響です。AIが何でも答えを示してくれる社会では、自ら調べ、考え、試行錯誤する機会が減るかもしれません。文章を書くこと、計画を立てること、判断することまでAIに任せるようになれば、人間の思考力や創造力、判断力が育ちにくくなることも懸念されます。便利さを追求するあまり、人間が本来持っている能力を衰えさせてしまっては、本末転倒です。
だからこそ、AIを考える上で最も重要なのが倫理です。倫理とは、技術の進歩を人間の幸福につなげるために、社会が守るべき価値や原則です。科学や技術は、「何ができるか」を教えてくれます。しかし、「何をすべきか」「何をしてはならないか」を決めることはできません。それは、人間が責任を持って判断しなければならない課題です。
AIは、社会に大きな利益をもたらす可能性を秘めています。しかし同時に、個人情報を大量に扱い、人の行動を予測し、時には人生を左右する判断にも利用されます。そのような技術だからこそ、人間の尊厳や自由、公平性、プライバシーを守るという倫理が欠かせません。効率や利益だけを優先すれば、人間はAIを利用する側ではなく、AIによって評価され、管理される側になりかねないからです。
AIがこれからの社会を大きく変えることは間違いありません。しかし、本当に問われるのはAIそのものではなく、それをどう社会に位置づけ、どう使うかという私たち人間の姿勢です。
政府が昨日閣議決定したAI基本計画でも、「人間中心のAI社会」や「人権・倫理への配慮」が掲げられています。しかし、どれほど優れた制度や技術を整えても、それだけで人間の尊厳や自由、公平性が守られるわけではありません。最終的にAIをどう使い、どのような社会を目指すのかを決めるのは、人間自身です。
AIを活用しながらも、自ら考える力を失わず、人間の尊厳と自由、そして民主主義を守り続けることができるのか。それこそがAI時代の最大の課題です。
AI時代に最も進歩しなければならないのは、技術に加えて、それを使いこなし、方向づける私たち自身の倫理です。AIが人類の幸福に貢献する技術となるのか、それとも人間を管理し、分断を深める道具となるのか。その分かれ道に立っているのは、私たち自身です。
だからこそ、AIと倫理について、社会全体で深い議論を始めなければなりません。技術の進歩に議論が追いついていない今、その議論を一日も早く始めることが必要だと私は考えています。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年7月15日 その6897『逢坂誠二の徒然日記』8594回】
#逢坂誠二 #歩く歩く聞く聞く
#函館 #AI #倫理 #AIと倫理