徒然日記
情報は民主主義の原動力【26年7月2日 『逢坂誠二の徒然日記』8581回】
浜岡原発のデータ不正問題は、原子力規制委の不正調査開始後も不正を継続していたと、報じられています。国民の安全よりも原発稼働を優先させる事業者の態度には呆れるばかりです。
1)情報は民主主義の原動力
民主主義社会の主権者は国民です。
しかし、主権者である国民が適切に物事を判断し、意思決定に参加するためには、社会や行政など公的機関に関する正確な情報が欠かせません。
とりわけ重要なのは、公的機関が持つ情報が、市民から請求されて初めて開示されるだけでなく、請求を待たずに誰もが容易に見ることができる形で整理・公開されていることです。
情報が広く共有されてこそ、市民は行政や政治の状況を理解し、議論に参加し、適切な判断を下すことができます。情報は民主主義を支える基盤であり、主権者である国民の判断を支える最も重要な社会資本の一つなのです。
私が初めて国会に議席を得たのは2005年です。それ以来、さまざまな出来事がありましたが、予算委員会をはじめとする国会審議で、一貫して感じ続けてきたことがあります。それは、「必要な情報がなかなか出てこない」という現実です。
官邸とは、内閣総理大臣が仕事をする場所です。日本の行政の中心であり、各省庁から報告を受け、重要な政策を決定し、国内外の要人と会談する「行政の司令塔」です。
そのため、官邸に「いつ、誰が訪れ、どのような説明や協議が行われたのか」は、日本の政策決定の過程を検証する上で極めて重要な情報です。
ところが、現実には、その記録を後から確認することは容易ではありません。
政府は国会答弁で、官邸への訪問者が事前に提出する「訪問予約届」は、入邸確認が終われば「遅滞なく廃棄する取扱い」としていると説明しています。また、首相と各省庁幹部との面談で用いられた説明資料についても、保存期間を一年未満として廃棄され、情報公開請求に対して「不存在」と回答された事例があります。さらに、多くの面談では議事録も作成されていませんでした。
もちろん、安全保障や外交など、今すぐに公開できない情報はあります。しかし、それを理由に政策決定の過程まで記録されず、あるいは保存されなければ、後から検証することができません。仮に今、公開できないものであっても、きちんと記録し、後に公開できるようにすることは当然のことです。
民主主義は、国民が政治を信頼し、監視し、必要に応じて批判しながら成り立つ仕組みです。そのためには、情報公開制度だけでは十分ではありません。そもそも公的な意思決定の過程を適切に記録し、保存し、国民が検証できるようにする仕組みが必要です。
情報は民主主義の原動力です。そして、記録はその情報を未来へつなぐ土台なのです。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年7月2日 その6884『逢坂誠二の徒然日記』8581回】
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