徒然日記

碧血碑(へっけつひ)【26年6月29日 『逢坂誠二の徒然日記』8578回】

昨日は、函館マラソン、そして函館競馬場では函館記念が開催され、市内は終日、多くの人で賑わっていました。
私も函館マラソンの沿道で、懸命に走る選手の皆さんを応援させて頂きました。ランナーの皆さん、本当にお疲れさまでした。
スポーツイベントが街に活気をもたらし、多くの笑顔があふれる一日となりました。

1)碧血碑(へっけつひ)
6月25日、函館山の麓にある碧血碑前で執り行われた慰霊祭に参列し、焼香をさせていただきました。

碧血碑は、1875(明治8)年、箱館戦争で命を落とした旧幕府軍の戦没者を慰霊するために建立された碑です。昨年は、建立150年の節目でした。

箱館戦争は、戊辰戦争最後の戦いでした。新政府軍が勝利した後、旧幕府軍の戦没者の遺体はしばらく放置されていたと伝えられています。しかし、それを見かねた函館の人々や寺院の関係者が、敵味方の区別なく遺体を収容し、埋葬しました。この人道的な行動に深く感銘を受けた榎本武揚や大鳥圭介ら旧幕府軍の関係者が資金を募り、建立したのが碧血碑です。
碧血碑は、勝者が建てた碑ではありません。敗れた者たちが、亡き戦友を弔うために建てた碑です。しかし、その背景には、戦いが終われば敵も味方もないという函館市民の温かな心がありました。

「碧血」とは、中国の故事に由来し、「義に殉じた者の血は三年たつと碧玉になる」という意味を持つ言葉です。命を懸けて信じたもののために生きた人々への敬意が、その名に込められています。

戦争は、多くの命を奪い、人々に深い悲しみを残します。しかし、戦争が終わった後に何を残すのかは、生きている私たちに委ねられています。
敵味方を超えて命を尊び、亡くなった人々を等しく悼む。その精神は、150年を経た今も色あせることはありません。むしろ、世界各地で戦火が絶えない今日だからこそ、改めて大切にしたい価値ではないでしょうか。

碧血碑は、単なる歴史遺産ではありません。函館の人々が示した人道の証であり、平和の尊さを静かに語り続ける存在です。
歴史を知ることは、過去を振り返ることだけではありません。その教訓を未来へつなぐことです。
建立150年を超えた碧血碑が、これからも多くの人にその意義を伝え続けて行くことができるよう、私も力を尽くします。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年6月29日 その6881『逢坂誠二の徒然日記』8578回】

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