徒然日記
政治的中立【26年6月28日 『逢坂誠二の徒然日記』8577回】
1)政治的中立
昨今、政治的中立が話題になる場面が多々あります。
私は、「政治的中立」は誤解の多い言葉の一つだと感じています。
「中立」と聞くと、多くの人は「政治について語らないこと」「どちらにも触れないこと」と考えがちです。しかし、法律はそのようなことを求めてはいません。
まず、教育基本法第14条第1項は、「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」と定めています。つまり、政治について学ぶことは教育の重要な使命であると明確に位置付けています。
その上で第2項は、「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動」を禁止しています。ここで禁止されているのは、政治を教えることではなく、学校が特定の政党や政治的立場へ児童生徒を誘導することです。
一方、放送法第4条も同じ考え方に立っています。「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と規定しています。
ここでも求められているのは、政治を扱わないことではありません。むしろ、政治的な問題について事実を正確に伝え、多面的な情報を示し、視聴者が自ら判断できるようにすることです。
教育と放送という異なる分野の法律ですが、両者には共通する考えがあります。
それは、国家や学校、あるいは放送事業者が国民の判断を誘導するのではなく、国民一人ひとりが自ら考え、判断する力と環境を保障するということです。
民主主義は、単に選挙で多数決を行うだけの制度ではありません。国民が十分な情報を得て、自由に考え、議論し、自らの意思で判断することによって成り立つ制度です。そのためには、教育は政治的教養を育み、放送は事実と多様な視点を提供しなければなりません。
したがって、「政治的中立」とは、政治を遠ざけることでも、政治について沈黙することでもありません。
それは、特定の政治的立場への誘導を避けながら、事実と多様な視点を提供し、人々が自ら考え判断できる自由を保障することです。
言い換えれば、政治的中立とは「無色透明」であることではなく、民主主義を支えるための公正な姿勢なのです。政治を避けることではなく、事実を大切にし、多様な意見に耳を傾け、市民の主体的な判断を尊重することこそが、法律が求める政治的中立の本質だと考えます。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年6月28日 その6880『逢坂誠二の徒然日記』8577回】
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