徒然日記
小さくともキラリと輝く日本【26年6月25日 『逢坂誠二の徒然日記』8574回】
1)小さくともキラリと輝く日本
私が具体的な出来事として「世界」を意識したのは、1963年のケネディ大統領暗殺事件だったかもしれません。
当時4歳だった私にも、周囲の大人たちの衝撃が伝わってきました。家に届いたばかりの小さな白黒テレビがあり、その画面から流れてくる暗殺の瞬間を見ながら、大人たちが深刻な表情をしていたことを、今でもハッキリと覚えています。
その後も世界や日本では数多くの出来事がありました。ベトナム戦争は連日のように新聞の見出しを飾っていました。しかし、子どもだった私には、社会も世界も、時間がたてば少しずつ良くなり、平和な方向へ進んでいくという空気があったように思います。
その思いが確信に変わったのは、1989年のベルリンの壁崩壊と、1991年のソ連邦解体による東西冷戦の終結でした。
長く続いた東西対立が終わり、人類は新しい時代に入る。民主主義は広がり、自由貿易は発展し、国際協調は強まる。21世紀はより平和で豊かな時代になる。そんな期待を多くの人が抱いていたのではないでしょうか。
私自身も、民主主義や自由貿易の拡大は歴史の自然な流れであり、その流れは後戻りしないものだと考えていました。
しかし、ソ連邦解体からわずか10年後の2001年、アメリカで同時多発テロが発生します。
その後、アメリカはアフガニスタンやイラクで対テロ戦争を展開しましたが、必ずしも安定した秩序を築くことはできませんでした。一方で、NATOの東方拡大に対するロシアの反発は強まり、やがて新たな対立へとつながっていきます。
さらに近年は、ロシアによるウクライナ侵攻、中東情勢の悪化など、国際社会を揺るがす出来事が相次いでいます。
民主主義と権威主義が拮抗し、自由貿易の限界が指摘され、国際協調主義も揺らいでいます。力による現状変更が公然と試みられ、自国優先主義が広がる中で、第二次世界大戦後につくられてきた国際秩序は大きな試練に直面しています。
私は最近、国際秩序というものは、思っていた以上に脆く、弱いものなのだと痛感しています。
平和も民主主義も、決して自然に維持されるものではありません。
法の支配を守ろうとする努力、異なる立場の者同士が対話を続ける忍耐、そして互いを尊重しながら協力しようとする意思によって、ようやく支えられているものです。
だからこそ今、私たちは目の前の対立や分断に振り回されるのではなく、民主主義や国際協調の意味を改めて問い直さなければならないと考えています。
そして今、日本には果たすべき役割があります。
軍事力や経済力によって世界を主導することではありません.
法の支配を守ること。
対話を重んじること。
国際機関や国際ルールを支えること。
異なる価値観や立場を持つ国々の橋渡し役となること。
戦後日本は、過去の経験を踏まえて平和国家として歩んできました。その道のりは、世界に対して語るべき大切な財産です。
世界が対立と分断へ向かう今だからこそ、日本は力ではなく対話を、排除ではなく協調を、対立ではなく共生を訴え続けるべきだと私は思います。
国際秩序が揺らぐ今だからこそ、日本は平和と民主主義、そして法の支配を守るために、地道であっても確かな役割を果たしていかなければなりません。
それこそが、この激動の時代における日本の責任であり、進むべき道なのだと私は考えています。
大国を目指す必要はありません。
法の支配を重んじ、人権を守り、対話を大切にする国として、世界から信頼される存在でありたい。
私は、小さくともキラリと輝く日本を目指したいと思います。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年6月25日 その6877『逢坂誠二の徒然日記』8574回】
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