徒然日記

避難計画のこと【26年3月15日 『逢坂誠二の徒然日記』8472回】

昨日の街頭おしゃべり会は、多くの方におこし頂き、本当に有り難うございます。また実施します。

1)避難計画のこと
日本の原発の課題の一つは、有効な避難計画が策定できるかどうか分からないという点だと私は見ています。ストレートに言うと、日本の原発は避難計画を策定すること想定せずに立地させたのです。

以前に書いた日記と重なりますが、再度、書きます。

2011年3月11日以前は、重大な原発事故は起きないというのが政府の基本的考え方でした。

私がニセコ町長時代に、議会からの要請もあり、泊原発の事故に備えて避難計画の策定を開始しました。すると道庁から、避難計画の策定は「慎重に」との連絡が非公式に入りました。

理由は2つです。
*日本の原発は重大な事故は起きないことが前提
*(当時)避難計画の策定義務は原発から半径10kmの範囲の自治体。ニセコ町に策定義務はない(ニセコ町役場と泊原発は直線距離で30km弱です。)
道庁からの連絡には、事故も起きない、策定義務もないのにあえて避難計画を策定するとと、いたずらに住民の不安を煽るといった雰囲気がありありでした。役所用語で「策定は慎重に」というのは、「策定するなということをやんわり言っている」、そのような意味です。結局ニセコ町は、避難計画を策定しませんでした。

==ところが3.11以後、この状況が一変しました。==

*新規制基準をクリアしても重大な事故は発生する可能性がある
(政府が基本認識を大転換した)
*避難計画の策定範囲を半径30kmに拡大

これは原発の立地にとって重大な変更です。
以前は避難計画が不要だと言われたニセコ町にも避難計画の策定が義務づけられました。

ニセコ町の例を持ち出すまでもなく、日本の全ての原発は、避難できるかどうかを検討して立地したものではありません。

万が一の過酷事故の際に、本当に避難できるのか。

この点を十分に検証しないまま、日本の原発は立地してきました。

3.11以後、政府は避難計画の策定範囲を30km圏に広げました。

事故は起きないことを前提に原発を立地させ、事故の可能性を認めた後も、
既存の原発について「本当に避難できるのか」という検証を政府は行っていません。

もし重大事故の際に確実な避難が困難だと判断されるのであれば、その原発は稼働させるべきではありません。国民の命を守るという観点からすれば、それは当然のことです。

1984年、アメリカのニューヨーク州で完成したショアハム原発は、避難計画などが問題視され、結局一度も運転されることなく廃炉となりました。国民の命を守るために、そうした判断をするのが政府や政治の役割です。

函館周辺で大間原発の重大事故が起きた場合、多くの市民が確実に避難できるとは私には思えません。
泊原発で事故が起きた場合も、ニセコ町の住民や観光客が安全に避難できるとは限りません。まして冬の積雪期であればなおさらです。
東海第二原発の30km圏には90万人以上が暮らしています。

万が一事故が起きたとき、逃げられるかどうか分からない。
ここに、日本の原発が抱える重大な問題があると私は考えています。

キチンと機能する避難計画が策定できなければ、原発は稼働してはならないのです。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年3月15日 その6775『逢坂誠二の徒然日記』8472回】

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