徒然日記

武器の輸出を考える その2【26年2月24日 『逢坂誠二の徒然日記』8453回】

昨日、秋田の立憲民主党の関係者の勉強会で、講演をしてきました。これは昨年から決まっていたものです。講演の大半は、参加者からの質疑に答えるものでした。今回の選挙が我々を応援し、支えてくださる皆さんにどれほど大きな影響を与えたのか、そのことがストレートに伝わる2時間でした。しかもこんな惨憺たる状況の中でも、我々を応援してくれる皆さんがたくさん存在していることに対し、本当に有り難く思います。秋田の皆さん、有り難うございました。

1)武器の輸出を考える その2
武器輸出の拡大について、改めて考えています。高市総理の論理は以下かと思います。
輸出の範囲を広げることで同盟国や同志国との連携を強め、抑止力を高めること。そして防衛産業を維持し、自国の防衛力を確保することが、結果として日本の平和に資するというもの。

しかし同時に、私は大きな転換点に立っていると感じます。戦後日本は、武器輸出を厳しく制限することで、世界に対し「平和国家」である姿勢を示してきました。それは単なる政策ではなく、外交的な資産であり、信頼の基盤でもあったはずです。殺傷能力のある武器や紛争当事国への輸出を認めることになれば、その姿は確実に変質します。

抑止を強める意図があっても、相手国が脅威と受け取れば軍拡を招き、緊張が固定化する可能性もあります。日本製武器が戦場で使用されれば、法的には参戦でなくとも、政治的には一定の関与と見なされるでしょう。さらに制度の歯止めが曖昧であれば、解釈は時の政権に委ねられ、平和国家像は徐々に変容していくかもしれません。

今回の武器輸出範囲の拡大で、戦後日本が国家として選び取り、世界に向けて示してきた基本姿勢が大きく変化するかもしれません。
そこでまず戦後日本の基本姿勢の確認です。

その第一は、憲法9条を基礎とする非軍事的志向です。専守防衛を原則とし、「戦争をしない国」であるという自己規定を掲げてきました。これは条文の問題にとどまらず、日本の進路を定める羅針盤のようなものであったと思います。

第二は、武器輸出を厳しく抑制するという自己制約です。軍事的に積極的な役割を担わないという姿勢は、アジアをはじめとする国々との信頼関係を築く土台でもありました。力を持ちながらも、それを外に広げないという選択は、日本なりの平和への意思表示だったのではないでしょうか。

第三は、国際協調と法の支配を重んじる姿勢です。軍事力ではなく、外交、経済協力、国際法、多国間主義を通じて平和を築く。人間の安全保障やODAの分野で日本が一定の評価を受けてきた背景には、この考え方がありました。

そしてもう一つ忘れてはならないのが、民主的統制です。安全保障も国会の関与を重んじ、不十分であったとしても情報公開と記録を重視する。力は保持しているがそれを使う可能性のある過程を民主的に透明にするという姿勢です。

こうした積み重ねこそが、戦後日本の「平和国家」という姿を形づくってきました。時代が変われば再解釈は避けられないかもしれませんが、しかし何を守り、どこまでを変えるのか。その線引きを曖昧にしてはならないと、強く感じています。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年2月24日 その6756『逢坂誠二の徒然日記』8453回】
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