徒然日記
能力と目標(逢坂誠二の徒然日記)
昨日は、本会議を終えて一旦、帰函し、最終便で再上京しました。午前4時の都内、雲が多めです。気温も16度とヒンヤリしています。日中は曇り後晴れ、予想最高気温は22度程度と昨日よりも6度程度も低くなります。気温変化の激しい時期です。今日は国会でいくつかの会合に出席の後、帰函します。
1)能力と目標
先日、ある会合で、「能力以上の目標」を持つことは如何なものかとの指摘があり、少し考えさせられました。そこで今回は、個人と国家という二つのレベルで、この問題について考えてみたいと思います。
まず、個人のレベルで言えば、「能力以上の目標」を掲げることには功罪があります。一方で、それは自らの成長を促す大きな原動力となり得ます。今の自分にできることだけを繰り返していては、進歩はありません。少し背伸びをして、現在の能力では届かないけれども、努力次第で実現可能な目標を持つことは、自己の限界を押し広げるきっかけになります。
ただし、あまりに現実離れした目標を持ってしまうと、途中で挫折し、自己肯定感を損なうおそれがあります。特に若年層や他者からの支援を得にくい人々にとっては、「できない自分」と向き合い続けることが、長期的に自己効力感を低下させる可能性もあります。したがって、目標は「今の能力をわずかに超える程度」であり、かつ段階的に到達可能な道筋が示されていることが重要だと思います。
次に、国家レベルで考えてみます。国家は、多くの国民を統合し、長期的な方向性を示す存在であり、ある種の「理想」を掲げることが求められます。現実に即しすぎた目標ばかりでは、国民に希望や活力を与えることはできません。戦後日本の復興や高度経済成長は、当初こそ「能力以上」と見られた挑戦でしたが、国家の総力を結集することで、実現に至った好例です。能力以上の目標が、国民の士気を高め、技術革新や社会変革を生む力となることもあるのです。
しかし一方で、国家が掲げる理想に対して、現実的な戦略や資源配分が伴わない場合、それは空虚なスローガンに堕してしまいます。例えば、実効性に乏しい地方創生政策や、見通しの立たない核燃料サイクル政策などは、国民の期待を裏切り、信頼を損なう結果をもたらしています。国家が目標を設定する際には、「能力の過小評価」でも「過大評価」でもなく、冷静な現状分析と段階的な施策設計が不可欠です。
結論として、能力以上の目標を持つこと自体を否定する必要はないと思います。それは挑戦と成長の原動力になり得るからです。ただし、個人であれ国家であれ、それを現実に落とし込むためのプロセス設計と戦略がなければ、目標は絵に描いた餅になってしまいます。高い目標は希望を与えますが、現実を見据えた具体的な手立てが伴ってこそ、信頼と成果につながるものだと考えます。
【25年5月23日 その6481『逢坂誠二の徒然日記』8178回】
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