徒然日記

公金は政治家のものではない 【26年10月6日 『逢坂誠二の徒然日記』8677回】

函館のまちを歩いていると、どこからともなく金木犀の香りが漂ってくることがあります。
あたりを見回しても、どこにその木があるのか分かりません。
姿は見えないのに、香りだけが風に乗って届いてきます。
そんな金木犀の季節になりました。
秋が、少しずつ深まっています。

1)公金は政治家のものではない
一連の簗農林水産大臣の発言や行動を報道で見ていると、呆れるばかりです。

特に問題だと感じるのは、国の予算を、あたかも大臣や与党議員が自分自身のお金のように、自由に動かすことができると語っていることです。
国の予算は、大臣のものでも、与党のものでも、国会議員個人のものでもありません。
国民の税金などを財源とする公金です。

もちろん、国会議員が地域の実情を政府に伝え、必要な事業や予算の確保を求めることは大切な仕事です。
地域には、それぞれ異なる事情があります。
人口減少、医療や介護、農林水産業、道路や鉄道、防災など、現場の声を国政に届けなければ、必要な政策が実現しないこともあります。

しかし、それと「誰を支持したか」「どの政党を応援したか」によって予算を増減させることとは、全く別の話です。
国の予算は、法律や制度、そして地域の実情や事業の必要性など、客観的な根拠に基づいて、公平・公正に配分されなければなりません。

選挙で与党候補を応援した地域だから予算をつける。
野党を支持した地域だから予算を減らす。
もし、そんなことが許されるなら、公金を使って政権与党への支持を誘導することにもなりかねません。

私が長く政治の現場に身を置く中で感じてきたのは、与党議員の中に、国の予算をあたかも自分たちの力で自由に動かせるお金であるかのように語る方が、残念ながら少なくないということです。

「与党議員がいなければ予算はつかない」
こうした言葉も、選挙の最中にしばしば耳にします。
しかし、本来、予算は政治家から地域への「恩恵」ではありません。
ましてや、政治家が自分を支持してくれた人や地域に配る「ご褒美」でもありません。
必要なところに、必要な公金を、公平・公正な手続きによって配分する。
それが行政の基本です。

私はニセコ町長時代から、行政の意思決定はできる限り公開し、その過程を住民の皆さんに明らかにすることが大切だと考えてきました。
なぜ、この事業に予算をつけるのか。
なぜ、この地域には必要で、別の地域には必要ではないと判断したのか。
その理由を国民に説明できることが、公金を扱う最低限の条件です。

今回、簗大臣個人の発言や行動について、事実関係をしっかり明らかにする必要があります。
それと同時に、これを一人の大臣だけの問題で終わらせるのではなく、公金を政治家個人や与党の力で動かせるかのように語ってきた政治慣行そのものを検証する機会にすべきです。

公金は誰のものなのか。
政治家は予算にどう向き合うべきなのか。
極めて基本的な問いですが、今だからこそ、改めて確認しなければなりません。

そして、選挙のたびに語られる、
「与党議員がいなければ予算がつかない」
という幻想を、そろそろ政治の世界から消し去る必要があります。
公金は政治家のものではありません。
国民のものです。
この当たり前の原則を、政治の世界にしっかりと根付かせなければなりません。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年10月6日 その6980『逢坂誠二の徒然日記』8677回】

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