徒然日記
森町消防ふれあい広場 【26年9月14日 『逢坂誠二の徒然日記』8655回】
沖縄県知事選挙は新人が勝利。3期目を目指した玉城デニーさんは、残念ながら勝利することはできませんでした。
1)森町消防ふれあい広場
昨日、森町消防本部で開催された「もりまち消防ふれあい広場」にお邪魔しました。
煙の中での避難を体験する「煙体験」をはじめ、救急搬送訓練、救助隊の装備、水槽車などを拝見しました。
煙体験は、長さ7、8メートルほどのテント状の設備の中に、人体に害の少ない訓練用の煙を充満させ、火災時の視界の悪さや避難の難しさを疑似体験するものです。
実際に中に入ってみると、それほど濃い煙には見えないのに、ほとんど視界が利きません。方向さえ分からなくなりそうで、恐怖を覚えるほどでした。
口にハンカチを当て、姿勢を低くして進み、何とか出口までたどり着きました。
これが実際の火災であれば、煙も熱も、周囲の状況も、はるかに厳しいはずです。
「煙の怖さ」は知識として分かっているつもりでも、実際に体験すると、その怖さが身に迫ってきます。煙を吸わず、姿勢を低くして避難すること、そして日頃から避難の仕方を意識しておくことの大切さを改めて感じました。
喉に食べ物を詰まらせた70歳代の男性を想定した救急搬送訓練も、非常にリアルな内容でした。
家族から119番通報が入り、消防から電話で指示を受けながら、呼吸の確認や背部叩打による異物除去などの応急処置を家族が行います。
その後、救急隊が到着。患者の状態を確認し、喉の異物除去、AEDによる心電図解析、心肺蘇生を行い、さらに静脈路を確保してアドレナリンを投与し、気管挿管を行うなど、救命のための処置が次々と進められました。
救急活動は、救急隊が到着してから始まるのではありません。
119番通報を受けた時点から、通信指令員による家族への指示、家族による応急処置、救急隊への引き継ぎ、そして高度な救命処置へと、一つの流れで命をつないでいきます。
特に気管挿管などの高度な救命処置は、かつては主に病院到着後に行われていましたが、現在では一定の研修・認定を受けた救急救命士が、医師の具体的な指示のもと、救急現場や搬送中に行うことが可能になっています。
緊迫した場面を想定した一連の訓練を間近で拝見し、日頃の訓練、救急救命士の技術の向上、そして必要な装備を整えることの重要性を改めて実感しました。
私は、町役場で財政を担当して以降、町長、そして国会議員として、消防政策を大切な柱の一つとして取り組んできました。
1995年の阪神・淡路大震災では、極めて厳しい状況の中で消防の皆さんが懸命に活動される姿を目の当たりにし、消防力を充実・強化することの重要性を強く認識しました。
そして2011年の東日本大震災では、地震、津波、原発事故という未曽有の複合災害の中、全国から集まった消防隊員の皆さんが、過酷な環境のもとで消火、救助、救急、捜索などにあたりました。
こうした大規模災害の経験も踏まえ、国会議員として、消防力をさらに強化するための法令や制度の改正、緊急消防援助隊の充実、消防車両や救助・救急資機材などの装備の強化、消防職員や消防団員が活動しやすい環境づくりなどにも取り組んできました。
消防は、私にとって長く関わり続けてきた大切な政策分野です。だからこそ、今回の「もりまち消防ふれあい広場」は、何としてもお邪魔したかった行事の一つでした。
消防の仕事は、普段の暮らしの中では、その実際に触れる機会がそれほど多くありません。こうした催しを通じて、子どもたちをはじめ多くの皆さんが、訓練や装備を実際に見て、触れて、体験することは、消防への理解を深め、一人ひとりの防災意識を高めることにもつながります。
災害は、いつ、どこで起きるか分かりません。
日頃からの訓練、技術の向上、十分な人員と装備、そして地域の皆さんの理解。その一つ一つの積み重ねが、いざという時に命と暮らしを守る力になります。
消防の重要性に対する私の思いは、今も何ら変わりません。地域の最前線で生命、安全、財産を守る消防の皆さんが、十分な人員、装備、体制のもとで活動できるよう、これからもしっかりと消防を応援していきます。
ご案内いただいた森町消防本部の松居消防長、準備、運営にあたられた消防本部の皆さん、関係者の皆さん、本当にありがとうございました。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年9月14日 その6958『逢坂誠二の徒然日記』8655回】
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