徒然日記
電子文書と紙 【26年8月13日 『逢坂誠二の徒然日記』8623回】
私も、父母の仏前で手を合わせるため、ニセコに来ました。
そして今日は新月です。
月の見えない静かな夜。亡き人を偲び、自分の歩んできた道や、故郷とのつながりに思いを寄せる一日になりそうです。
1)電子文書と紙
昨日、新聞休刊日に関連し、私は新聞を電子紙面で読んでいることに言及しました。そうしたところ、やっぱり紙の紙面が良いとのご意見も複数頂きました。
一部の誤解もあったようですが、私が利用しているのは、新聞社のHPではなく、紙の新聞と同じレイアウトの電子版の紙面です。
私は以前、複数の書類や書籍、そしてその日の朝刊7紙程度をいつも持ち歩いていました。ところが重たい鞄を持ち続けたためか、腱鞘炎になってしまいました。そんなことがあったため、重い鞄を持つのを止めて、書籍や新聞を電子版へとシフトさせたのです。
こんな中で、新聞を紙の紙面と同様のレイアウトとなっている電子版を利用するのは、新聞独特の紙面構成が重要だからです。
トップ記事は何か、政治面、経済面、社会面など、それぞれについて、記事に軽重が付けられています。しかも多くの記事が、一覧で一気に目に入る点も新聞紙面の良さです。
ところで昨年も言及しましたが、改めて紙媒体と電子媒体の比較をしたいと思います。
【保管性】
紙と電子の差が最も大きく表れるところです。
紙文書は千年単位で記録を残した実績があります。一方、電子文書を千年保存する方式が存在するのか、私には分かりません。事実、私が大学生の頃に作った電子データの多くは、今となっては読み込みすらできません。たった半世紀前のものがこの有り様ですから、電子データの保存は、国レベルでの大規模な取り組みが本来必要な課題と言えます。
【一覧性】
紙文書は複数枚を並べ、一度に俯瞰できます。新聞紙の見開きのように、視界に情報が一気に飛び込んでくる強みがあります。タブレットでも画面分割はできますが、同時に開けるのはせいぜい3つ程度で、画面サイズも限られます。「一望できる」という点では、紙に軍配が上がります。
【存在の確認】
電子文書は能動的に探さなければ存在に気付きませんが、紙文書は“そこにある”だけで目に入ります。情報に偶然出会う可能性が残されているのです。
【重さ】
とはいえ、電子文書には紙にはない大きな利便性が数多くあります。
何より、軽い。以前は資料や新聞、書籍を大きな鞄に詰めていつも持ち歩いていましたが、今はタブレット1枚で済みます。
【検索性】
検索性能の向上も大きな進化です。PDFが登場した当初は検索も書き込みも不自由でしたが、現在は手書き・タイピング・貼り付けなど多様な注記が可能で、検索の精度も不十分ですが随分と改善しました。
電子文書は、紙が持ち得ない機能を備えています。
ただし、電子化が趨勢であることと、電子文書が万能であるかどうかはイコールではありません。特に公文書の電子化は、色々と課題が多く、そのデメリットを十分に踏まえる必要があると私は感じています。
以前に書いたことと重複しましたが、何人かからの問い合わせへの回答も含め、思うところを書きました。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年8月13日 その6926『逢坂誠二の徒然日記』8623回】
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