徒然日記

全ては国民の暮らしために 【26年8月4日 『逢坂誠二の徒然日記』8614回】

ニセコ町長時代にお世話になった方々への挨拶のため大分県の湯布院に来ました。20数年ぶりの湯布院です。

1)全ては国民の暮らしために
昨日、ニューヨークのマムダニ市長のことに言及しました。そうしたところ、「マムダニ市長の政策は決して目新しいものではなく、これまでも日本の政党が主張してきた政策だ」という内容のご指摘を複数いただきました。確かに、その通りだと思います。

しかし、私は別の問題があると考えています。

日本では、政策が本当に国民の暮らしを守ることに力点を置いて組み立てられているのか、疑問を感じる場面が少なくありません。また、政党がそうした政策を掲げても、その必要性や効果が十分に有権者へ伝わらず、支持につながっていないという課題もあります。
さらに、政党や政治家が、その政策の実現に政治的な覚悟を持ち、本気で訴え続けているのかという課題もあるように思います。

今回の熊本地震の避難所の様子を見るたびに、胸が痛みます。
2016年の熊本地震、2024年の能登半島地震でも、避難所環境の改善は大きな課題として指摘されました。この10年間で制度の見直しは進められてきましたが、現場ではなお厳しい状況が続いています。
災害のたびに同じ課題が繰り返されるのは、政治や政策が国民の暮らしを守るという本来の役割を十分に果たせていないことの表れではないでしょうか。

政治や政策には、理念が必要です。経済合理性など足元の利益だけではなく、将来を見据えて備えることも政治の大きな役割です。
しかし、それだけでは十分ではありません。政治や政策は、国民の暮らしの現場で役に立ち、その変化を実感できるものでなければなりません。
理念を現実の暮らしにつなげること。それこそが政治の責任であり、私は政治はもっと実践的であるべきだと考えています。

政治は、森羅万象にわたる課題を扱います。だからこそ、政治には幅広い視野と将来への備えが求められます。
しかし、そのすべての根底に置かなければならないのは、国民の暮らしです。
外交も、防衛も、教育も、経済も、すべては国民の暮らしを守るためにあります。
国民の暮らしを政治の最優先に据え、その実現に向けて不断に取り組むことこそ、政治の本来の使命だと私は考えています。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年8月4日 その6917『逢坂誠二の徒然日記』8614回】

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