徒然日記
国旗損壊罪再考【26年6月3日 『逢坂誠二の徒然日記』8552回】
1)国旗損壊罪再考
一昨日、自民党が、日本の国旗を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」を新設する法案を了承しました。今国会に提出し、会期内の成立を目指すといいます。
外国国旗を傷つけたら罪になるのに、日本国旗にその罪がないのはおかしいとの指摘がありますが、これについては、すでに日記に書いた通りです。
note.com/ohsakaseiji/n/n8028e3eab4a6?sub_rt=share_pw
国旗損壊罪に関する懸念も、以前の日記で書きました。
note.com/ohsakaseiji/n/ne2a1ee8cb065?sub_rt=share_pw
この法案は、表現の自由を侵害しかねないとの指摘も多く、自民党内にも異論があります。私は、良識ある自民党の皆さんが、この法案を押し返すことを期待していました。
しかし、この案件は高市総理の肝煎りらしく、結局は押し切られた印象を受けています。
法案は、「人に著しく不快または嫌悪の情を催させる方法」により、「公然と国旗を損壊し、除去し、汚損」した場合に、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金を科す内容です。自ら損壊する様子を撮影してSNSで配信するなど、「不特定多数に提供し、公然と陳列」したケースも処罰の対象となります。
国旗そのものを大切に思う気持ちは理解できます。私自身も、国旗をむやみに傷つける行為を肯定するものではありません。
しかし、問題はそこではありません。
この法案では、「人に著しく不快または嫌悪の情を催させる方法」により国旗を損壊した場合を処罰対象としています。
ところが、「著しく不快」「嫌悪の情」とは何を意味するのでしょうか。
ある人が不快だと感じても、別の人はそう感じないかもしれません。政治的な抗議活動や芸術表現、社会批判の表現に対しても、「不快だ」「嫌悪感を覚える」という人は存在します。
つまり、この法案は、処罰の基準が極めて曖昧なのです。
もちろん、法案には「表現の自由を不当に侵害してはならない」との配慮規定が置かれています。しかし、何が表現行為で、何が犯罪なのかを最終的に判断するのは捜査機関や裁判所です。
曖昧な基準のまま刑罰を設ければ、人々は処罰を恐れて自己規制するようになります。
本来、表現の自由とは、不快に感じる表現も含めて保障されるからこそ意味があります。誰もが賛成する表現だけを認めるのであれば、表現の自由を保障する必要はありません。
民主主義社会において重要なのは、多様な意見や批判を許容する社会を維持することです。国旗を大切に思う気持ちと、表現の自由を守ることは、本来対立するものではありません。
そして、この問題については世界各国でも様々な議論が続いています。
国連人権委員会は、表現の自由に関する一般的意見第34号において、国家や国家機関に対する批判や反対表現についても広く保護されるべきであり、国家を特別に保護するための刑事罰には慎重であるべきとの考え方を示しています。
また米国では、国旗焼却を政治的表現として憲法上保護するとの判例もあります。
もちろん、国旗をどのように位置づけるかについては国ごとに考え方が異なります。しかし少なくとも、国旗を傷つける行為を刑罰で処罰することについては、民主主義国の間でも見解が分かれているのです。
だからこそ私は、この法案については拙速に結論を出すべきではなく、表現の自由との関係を含め、慎重な検討が必要だと考えています。
私自身、国旗を大切に思う気持ちは、当然のこととして持っています。しかし、それでもなお、この法案には反対です。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年6月3日 その6855『逢坂誠二の徒然日記』8552回】
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