徒然日記

高市総理の危うさ【26年5月23日 『逢坂誠二の徒然日記』8541回】

昨日来、色々なことが発生し、今朝も午前3時半から活動しています。今日は半月です。どこかで愛でることができるでしょうか?

1)高市総理の危うさ
3月16日、辺野古沖での小型船転覆事故で亡くなられた方々に改めて哀悼の誠を捧げます。また事故で怪我をされた皆さんに、改めてお見舞い申し上げます。

この事故に関連し、文科省は昨日、同志社国際高校の学習が教育基本法14条に違反すると認定しました。

今回のこの文科省対応について、私は二つのことに分けて考える必要があると思っています。

一つは、同校の教育内容に対して政府がどのような姿勢と手続きで対応したのかという問題です。
もう一つは、高市総理のこの問題に対する姿勢です。

私は、同校の授業内容や教育現場の実態を詳細に把握しているわけではありません。したがって、今の段階で「違法だった」「違法ではなかった」と議論し断定することはできません。

しかし、それとは別に、今回の政府対応には、違和感と危惧を覚えています。

なぜなら、教育基本法違反という極めて重い判断が、あまりにも短期間で示されたように見えるからです。
しかも、その判断に至る過程や根拠は、現時点では十分に明らかになっていません。

どの調査を行い、どのような検証をしたのか。
どのような基準で「政治的中立性」を判断したのか。
外部有識者の意見はあったのか。
学校側の説明や反論をどう検討したのか。

こうした点が十分に見えないまま、「教育基本法違反」という結論だけが先行すれば、教育現場に与える影響は極めて大きなものになります。

学校現場では今後、基地問題、安全保障、憲法、環境問題など、社会的に意見が分かれるテーマを扱うこと自体を避けるようになるかもしれません。

しかし民主主義社会において、対立する問題を学び、多様な意見に触れ、自ら考える力を育てることは、本来、教育の重要な役割です。
もちろん、学校が特定の政治的考え方などに過度に接近してはならないという指摘は、理解できます。
だからこそ、本来必要なのは、拙速な「違反認定」ではなく、慎重で透明性の高い検証だったはずです。

さらに私が懸念するのは、こうした対応が、社会全体の空気を不安定にしかねないことです。そしてそれを高市総理が容認していることです。

政府が、教育内容に対して強い姿勢で介入し、「違法性」を判断する。
そのこと自体が、支持する側と反発する側の感情を大きく刺激します。
今の日本社会は、物価高、将来不安、安全保障不安、地域衰退など、多くの閉塞感を抱えています。

その中で政治が、特に総理が果たすべき役割は、本来、社会の緊張を和らげ、異なる立場の人々が共存できる空気を保つことではないでしょうか。
為政者、ことさら総理には、自らの考えを主張する力だけではなく、社会の分断を招くことがないよう、国全体の落ち着きや融和を保つ責任があります。

だから私は、今回の件を見て、高市総理の為政者としての姿勢に疑問を抱いています。

教育内容に対して国が違法性を判断するのであれば、通常以上に丁寧な説明と透明な手続きが必要ですし、その判断が社会全体に与える影響についても十分な配慮が求められます。

つまりこれは、「教育基本法違反」という強い権力行使を、どれほど慎重に行うべきかという、民主主義の根幹に関わる問題です。

こうした慎重さを欠いたまま結論が示されたのだとすれば、高市総理の為政者としてのあり方が問われる、と私は考えています。

皆さんは、どうお感じになるでしょうか。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年5月23日 その6844『逢坂誠二の徒然日記』8541回】

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#函館 #教育基本法

  
  

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