徒然日記
小説家 佐藤泰志さん【26年4月19日 『逢坂誠二の徒然日記』8507回】
昨日、函館も桜が開花しました。過去2番目に早い開花。春本番です。
1)小説家 佐藤泰志さん
ここ数日、改めて佐藤泰志を読み返しています。
佐藤泰志は1949年、函館市生まれ。1981年の「きみの鳥はうたえる」をはじめ、芥川賞に通算5回候補となりながら、ついに受賞には至りませんでした。そして1990年、自ら命を絶ちました。
思い返せば、私が最初に強い印象を受けたのは、有島青少年文芸賞の受賞作「市街戦のジャズメン」というタイトルでした。函館西高校3年の時の作品です。その響きの鮮烈さが、長く心に引っかかり続けてきました。
函館に住むようになってからは、その思いが一層強くなりました。2007年に刊行された『佐藤泰志作品集』(クレイン)を手にしたことも大きな契機です。さらに2010年、映画「海炭市叙景」が公開され、私も映画製作の実行委員としてわずかながら関わる機会を得ました。作品集の刊行と映画化をきっかけに、佐藤泰志の名は再び広く知られるようになり、長く絶版だった作品も改めて世に出ることとなりました。
『海炭市叙景』には、街の変化を映し出す印象的な描写が数多くあります。
「産業道路にはさまざまなものが建った。」
「軽々しくあてこんで作ったものはすぐ姿を消す。」
「そのうえ町名まで変わった。」
「こんな野原にしてしまってどうするのかねえ。今朝、工業団地へ息子夫婦の車で行った時、トキはそうつぶやいた。さあな、そのうち潰れた喫茶店やパチンコ屋みたいに、野ざらしで終いじゃないか。」
これは「ネコを抱いた婆さん」の一節です。
また「黒い森」には、次のような記述があります。
「息子が森と呼んでいたその林の三分の一は、木が切り倒され、砂利だらけの平地になった。」
「あの森がなくなれば、ここは完全な住宅地になる。完璧にだ。」
「何かがほんの少しずつ狂いはじめているのだ、と隆三は思う。」
読み進めるうちに、彼が街の変化を決して歓迎していなかったことが、じわりと伝わってきます。変わっていくのは風景だけではない。その変化に引きずられるように、人の心までもが少しずつ歪んでいく――そんな予感を、彼はすでに掴んでいたのではないかと感じます。
『海炭市叙景』は、単なる文学作品ではありません。函館という街の今とこれからを考えるうえで、静かに問いを投げかけてくる、まちづくりの一つの指南書のような作品だと、私は感じています。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年4月19日 その6810『逢坂誠二の徒然日記』8507回】
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