徒然日記
予算委員会【26年2月22日 『逢坂誠二の徒然日記』8451回】
1)予算委員会
総理の施政方針演説が終わり、今週から各党の代表質問が始まります。代表質問は、党の理念や国家観が端的に表れる重要な機会です。本会議場という国会を象徴する場で行われるそのやり取りは、国会の方向性を国民に示す役割を持っています。
しかし実際には、多岐にわたる論点を一度に取り上げ、政府側もまとめて答弁する形式です。どうしても議論は概括的になり、深掘りには至りません。重要な節目ではありますが、本格的な政策論争の入り口にすぎないとも言えます。
やはり真価が問われるのは、その後の予算委員会です。
通常国会の予算委員会は、衆院で80時間強、参院で80時間弱、合わせて約160時間。これまではおおよそ野党7割、与党3割という時間配分で、1月下旬から3月末までの約2か月間にわたり審議が行われるのが通例です。
今回は予算委の開始が2月下旬となるため、例年並みの審議期間を確保すれば、予算成立は4月下旬にずれ込みます。その結果、政策的経費を除いた暫定予算が必要になります。この政治日程を招いたのは、この時期の解散・総選挙であり、高市総理の大きな責任です。
それにもかかわらず、高市総理には年度内成立を最優先すべきだとの意向があり、与党などから質問時間を削減してもよい、週末も委員会を開くべきだ、といった意見が出てきています。
私はここに、危うさを感じます。
確かに予算成立の遅れは行政運営に影響を与えます。しかし、予算とは単なる財政手続きではありません。国家の価値判断の集積であり、優先順位の表明そのものです。その審議を「時間短縮」という発想で整理してよいのかは、慎重に考えるべきです。
問題は質問時間の総量だけではありません。重要なのは「期間」です。
審議が一定の期間をかけて進むことで、論点が国民に共有され、報道が積み重なり、世論が形成されます。質疑と答弁を踏まえて次の質問を練り上げる。その往復運動こそが熟議の本質です。
短期間に時間だけを積み上げれば、形式上の審議時間は確保できるかもしれません。しかし、論点が熟成する前に採決へ進むならば、それは民主主義の質を高めることにはなりません。今回の選挙も、解散から短期間に行われたため議論が深まりませんでした。
また、与党の質問時間を簡単に手放す姿勢にも違和感があります。与党にも政府を検証する責任があるはずです。私が予算筆頭の頃も、与党が質問時間配分に強くこだわった経緯を思えば、時間を単なる調整弁のように扱うことは、まさにご都合主義と言えます。
予算審議は、スケジュールの問題ではなく、民主主義の成熟度を映す鏡です。
「どれだけ早く通すか」ではなく、「どれだけ深く議論したか」。
質疑時間と質疑期間。この両方を丁寧に確保する姿勢こそが、国民に対する責任です。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年2月22日 その6754『逢坂誠二の徒然日記』8451回】
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