徒然日記

5月18日 その2094『逢坂誠二の徒然日記』





札幌は多少雲があるが、青空の広がる朝を
迎えた。



札幌は、やっと遅い桜の満開を迎えた。



今の気温は9度、日中は20度になる見込みだ。



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今日は、阿寒(釧路市)にお邪魔し、講演だ。



阿寒の今の気温は3度、

日中は11度との予報が出ている。







1)田坂賞

松前町立病院の木村真司院長が、

第6回田坂賞に決まったと報じられている。



田坂賞は、

家庭医と専門医の相互理解と連携による、

日本のプライマリ・ケアの質向上、

普及、生涯教育に貢献された方を表彰するもの。



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木村院長は、松前病院で、

特定の診療科目に限定しない「全科診療」の体制を整えて

多くの研修生を受け入れていることに加えて、

ネット中継による症例講座が高く評価されての受賞だ。



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私も、地方交付税の増額、

診療報酬の改定、

さらに厚生労働省の地域医療政策によって、

松前病院の運営を応援してきたが、

その成果、実績は、

木村先生がいなければ成しえなかったものだと思う。



このたびの木村先生の田坂賞の受賞を心から嬉しく思う。







2)農業、さらに一次産業

木村院長の嬉しい話題のあとで、

とても暗くなる話題で恐縮だ。



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昨日の安倍総理の成長戦略に対する講演のニュースを見て、

強制的に押し付けられるような、

私が日本人であることが意味を成さない、

何とも言いようのない孤独感、疎外感に襲われた。



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昨日、総理は以下のようなことを、

原稿に目を落としながら、

慌てて学習した付け焼刃のように

(私だけそう思うのかもしれないが)、

しかし力強そうにまくし立てた(ように私には感じられた)。




32年までに農林水産品の輸出額を1兆円へ倍増





耕作放棄地を「農地集積バンク」に集約し、

意欲ある担い手に貸し出す仕組みの導入





農業の一層の市場開放に備え、

小規模農家から生産性の高い大規模営農へ転換





農地の集積なくして、生産性向上はない





農業公社に強い権限を与え、農地を管理する機構に衣替え





現在4500億円程度の

日本の農産物・食品の輸出額を倍増し、1兆円規模に





現在1兆円の「六次産業化」市場の規模を

10年間で10兆円に拡大





自らを本部長とする

「農林水産業・地域の活力創造本部」を官邸に設置



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どれもこれも一見、正しい政策に見える。



しかし日本の農業は、単なる産業ではない。



産業の側面もあるが、

地域のあり方そのものであり、

人の生き方そのものでもある。



ここに農業の難しさもあり、

良さもあると私は思っている。



一部地域や、一部農業者、あるいは経営者の中に、

生き様であある農業を産業化し、

工業化する傾向があることは承知するし、

その方向は、必ずしも否定されるものではない。



しかし、その方向だけで、日本の農業や食料、

さらに地域が守られるものではない。



一口に農業といっても、

本州と北海道の現状は全く違っているし、

同じ北海道の中でも随分と差があるのが現実だ。



日本の農業は、

生産品目、生産出荷体制、規模、圃場の姿など、

実に多様だ。



農業は、地域と歴史に根差した、

その方自身の生き方、ある種の文化であるがゆえに、

このような多様さがある。



経営効率的な観点からは、

この多様さは余計なものだ。



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安倍総理は、

経営を最大限効率化できるよう規模を拡大し、

人的なものも含め生産資源も最小のコストとなるよう投入すれば、

強い農業ができあがると考えているのだろう。



今まで以上に速いスピードで

国内外の市場で勝てる農産物を臨機応変に選択し、

市場で勝てる付加価値を上乗せして流通させる…、

つまり農業を工業的な方向にシフトさせることが、

総理の目指す強い農業のようだ。



もちろんこうした選択肢も存在するのだろうが、

これは何を意味するのか。



地域と歴史に根差した農業が、効率的な生産の場に変化すること。

(すなわち地域づくり、農村風景や農村生活とは

 距離が離れた産業になること。)



生き方としての農業が、生き方とは徐々に距離のある、収入の手段になること。



確かに農業は今も、

政府に保護されつつも激しい競争にさらされているが、

その競争が、さらに激化することになる。



つまり地域と歴史と生き方や文化を捨て去る…、

そんな傾向の強い社会になることだ。



私たちは、地域の文化や歴史、人の生き方と地域のあり方、

そんな様々な要素を頭に置きながら、

地域の経済のことを考えてきた。



それは必ずしも、

存分に金儲けができるものではなかったかもしれない。

しかし、人のつながりや、

少なくなったとはいえ潤い、

誇りや尊厳、そんなものを大事にする社会あり方だった。



安倍総理の目指す農業は、

こうしたものとは相当に距離があるのだろう。



私が言うような地域社会は、

きっと非効率で浪花節のような社会に

感じているのかもしれない。



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しかし農業は、地域のあり方であり、

人の生き方であり、国民の暮らし方に繋がるものだ。



その農業が仮に経済的に非効率であったとしても、

その時代中で、その経済的な非効率も含め

最大限の非市場性の許容を追求するのが、

少なくとも農業国日本のとしての国のあり方なのではないか。



そうしたことの追求が、

日本国民の生活と生き方、

さらに地域を守ること、

つまり国を守ることになるのではないかと私は考えている。



6次産業化…、私もこれを推進したいと考えているが、

私と総理の目指す6次産業化は、

その言葉は一緒でも、

月とスッポンほどに差があるのだと思う。



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昨夜から私は、吐き気を感ずるほどの、重圧感を覚えている。



それは総理の農業に対する姿勢が、

日本の歴史や文化、人の生き方の否定に感じたからだ。



つまりこれは、私個人にとっては、

私の50年の人生に対する否定とも言えることだ。



そしてそれは、農業だけではなく、

地域に根差した林業、

沿岸漁業などにも通ずるものだと思う。



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繰り返し言うが、

私は、一次産業の工業化的方向への変化を

全面否定しているのではない。



昨夜から眠れない時間を過ごしつつ悶々とし、

支離滅裂だが、文化や歴史、地域と人の生き方を守る、

この視点を欠くことは絶対に許容し難いことだ。







今日は、阿寒(釧路市)で講演だ。



少しでも多くの皆さんと、

日本の過去と今、そして将来を考えて、

さらに具体的な行動に結び付けて行きたい。



さあ今日も、しっかりと前進します。

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     2013・5・18 Seiji Ohsaka


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皆様のコメントを受け付けております。

  1. こんにちは。
    安部首相は自ら(と周辺)?が押し付た課題に対し農水省が慌ててでっち上げた作文を読んだのでしょう。
    出来の悪い学生が単位欲しさに書いたレポートほどのものでしかないですね。
    自然を収奪の対象としか見ない今の時代を流れる底流を端無くも露わにしているように感じます。

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