徒然日記
原子力規制の点検【26年7月8日 『逢坂誠二の徒然日記』8587回】
1)原子力規制の点検
原発を稼働させてよいという社会的な信頼を支えるものは、巨大な設備や高度な技術だけではありません。それ以上に重要なのは、安全に関わるあらゆるデータを誠実に扱い、事実を正直に示すという姿勢です。その前提が揺らげば、原子力行政そのものへの信頼も失われます。
中部電力浜岡原発の規制基準適合審査を巡る問題は、その意味で極めて深刻です。
原子力規制委員会は、中部電力が耐震設計の前提となる「基準地震動」の策定過程で、都合の良い地震データを恣意的に選び、規制委員会に提出していたと公表しています。
さらに重大なのは、規制委員会が調査を開始した後も、過去の不正との整合性を装うようなデータ操作が続けられていたとされることです。これは単なる計算ミスや手続き上の誤りではなく、規制審査そのものを欺こうとした行為と受け止めざるを得ません。
基準地震動は、原子炉建屋や重要設備がどれほどの揺れに耐えなければならないかを決める、規制審査の根幹となるものです。世界で発生するマグニチュード6以上の地震の約2割が日本周辺で発生する地震多発国・日本では、地震に対して常に安全側に立った判断が求められます。その基礎となるデータが恣意的に扱われれば、規制審査全体への信頼は大きく損なわれます。
しかも浜岡原発は、南海トラフ巨大地震の想定震源域に位置しています。そのような原発で、地震に関わるデータの信頼性が問われる事態は、極めて重く受け止めなければなりません。
現在の規制基準適合審査制度は、事業者が収集・解析したデータを規制当局が審査する仕組みです。しかし、その前提となるデータが意図的に操作されるのであれば、制度そのものの信頼性が問われます。
だからこそ、不正の全容解明はもちろん、他の原発でも同様の問題がないかを徹底的に点検し、データ作成過程の透明化やデータの作成根拠を検証できる仕組みなど、制度全体を見直す必要があります。
原子力発電については、賛成・反対をはじめさまざまな立場があります。しかし、どのような立場であっても、安全に関わるデータに虚偽や隠蔽があってはならないという点では一致できるはずです。
私は最近、原子力規制委員会のあり方についても疑問を抱いています。発足当初の規制委員会は、原発推進政策とは一定の距離を保ち、独立した立場から厳格な審査を行っていたとの印象があります。しかし、政府が原発の「最大限活用」を掲げるようになって以降、運転期間の延長などを含め、事業者に寄り添っているのではないかと受け止められる判断が目立つようになりました。
昨日も、函館市が大間原発の建設差し止めなどを求めた訴訟の第37回口頭弁論(東京地裁)を傍聴しました。市側は、原発敷地内の複数の断層について「将来活動する可能性を否定できない」と主張しました。この件に関しても規制委員会の審査が緩い、そんな印象を受けています。
だからこそ、今回の問題を中部電力一社の不祥事として終わらせてはなりません。日本の原子力行政全体の信頼をどう回復するのか。その重要な機会と捉え、原子力規制委員会のあり方も含めて総点検すべきだと考えます。
そして、中部電力については、規制に関わるデータを恣意的に操作し、さらに調査開始後もその整合性を装うような対応を続けていたとされる以上、原発を運転する事業者としての適格性は極めて厳しく問われます。現時点では、原発を扱う資格があるとは到底言えないと私は考えます。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年7月8日 その6890『逢坂誠二の徒然日記』8587回】
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