徒然日記

函館-長万部間の貨物、逢坂誠二の自炊(国会議員の中で一番のペーパーレス?/逢坂誠二の徒然日記 #7512

【23年7月27日 その5815『逢坂誠二の徒然日記 #7512】
昨夕、帰函しました。今朝の函館は、雲が多めですが、夜明け直後から強い日差しが降り注いでいます。日中も晴れの予報です。朝の気温は 22度、日中は29度の見込みです。

1)函館-長万部間の貨物
昨日のJR北海道、JR 貨物、国、北海道の4者協議会で、函館-長万部間の貨物輸送を維持することを確認しました。今後、どのように維持するかの具体的議論がスタートしますが、沿線自治体や事業者などへの過度な負担にならないことなど、多くの課題を乗り越えるため、私も力を尽くして参ります。
ある研究者によれば、この区間、経済効果は約4兆円に上るといいます。内訳は、北海道が 1兆5,757億円、関東(1兆944億円)、近畿(3,964億円)です。この貨物問題は、地域のみの課題ではなく、全国的な案件なのです。

2)逢坂誠二の自炊(国会議員の中で一番のペーパーレス?)
自炊は、本来,自分の食事を自ら炊事すること、つまり調理を行うことの意味ですが,電子書籍での自炊は,自ら所有する書籍や雑誌をスキャナ等を使ってデジタルデータに変換する行為を指す俗語です。書籍を「自分で」スキャンしてデータを「吸い出す」という意味で「自吸い」と呼び、同音の漢字をあてて「自炊」としたなど諸説あります。
この「自炊」を紹介する動画をアップしたところ、TikTokでは20万回近い再生があり驚いております。(ちなみに YouTube動画は以下です。)

(チャンネル登録頂けると助かります。)
学生時代から本や雑誌が捨てられずに大量に抱え込んでいました。自宅の床が抜けると親に注意されるほど、私の部屋にはうず高く大量の本が積まれていたのです。ところがある日、親の忠告通り床が抜け、とんでもないことになりました。それ以来、読み終わった本や雑誌は古本屋に出したり、引き取ってもらえない本は、泣く泣く処分をするようになりました。それでも手元に置いておきたい本が多く、部屋はいつも本で溢れていました。
同時に移動中は、新聞は7紙程度、読みたい本も2、3冊、さらに仕事の資料などを大量に鞄に入れて持ち歩いていました。20年近く前のことです。当時、国会のなかで、大きな鞄を持って歩いていたのは、岡田克也さん、石破茂さん、それに私だったように記憶しています。私の鞄が一番大きかったかもしれません。 10年ほど前まで、そんな生活をしていたのですが、右腕が腱鞘炎になってしまいました。そこで一念発起して、重たい書類や書籍、新聞を持つのを止めることにしました。その頃は、電子化が十分ではなく、不便な思いをしましたが、この10年の間に電子化が進み、移動時の読書や資料読みは随分と便利になりました。(とは言え本来、私は、紙派なのですが。)

現在の私の対応は以下の通りです。
*新聞は全て電子版(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京など他に数紙)
*書籍や雑誌(電子化対応済みものは基本Kindle)
*会議資料などは、入手後、スキャナーで読み込んで全てPDF化
以上を1枚のiPadで閲覧( PDF化した資料などはGood Noteを利用)しています。極力資料などを持たずに、iPadだけで、仕事が完結するようにしています。
電子化されていない書籍や雑誌は、いわゆる「自炊」します。大型カッターで背表紙を切り落として、スキャナーで読み込んでPDF化し、それをiPadで読んでいます。 Good Noteアプリを使えば、文字を書いたり、ラインマーカーで線を引いたりなど、色々なことができます。
本や雑誌好きの私にとって背表紙を切り落とす自炊は、正直なところ抵抗感がありました。しかし自炊しなければ、移動中に効率良く本などを読むこともできません。(移動中が読書の大半の時間です。)でもさすがに、ハードカバーの書籍の自炊は、今もできません。
自炊するほど暇なのかと指摘される方もおられましたが、自炊に時間を費やさなければ、読めない本や雑誌が多くなります。自炊に充てる時間は、結局は全体の時間を有効に使うことに繋がっていると、今のところ判断しています。
自炊や電子化にはメリットが多いのですが、電子化された書籍や資料などは、記憶に残り難いと感じています。もちろんこれは個人的な感覚です。典型的なのは辞書です。現在、私が使う辞書の類のほぼ全て(国語、英和、和英、逆引き、類語、漢和、古語、歳時記など)は電子を使っていますが、紙の方が記憶に残りやすいような気がします。真新しい紙の辞書は、使い込ん行くうちに段々と手に馴染み書き込みも増えたりします。特に小口が、ちょっと汚れて毛羽だつと、随分と勉強がはかどったとか、辞書が自分のものになった、そんな気になります。直接の文字情報に加えて、こうした手触りや質感が記憶には必要なのかもしれないとも思っています。
こんなことをやりながら、現在は紙を極力持たないペーパーレスがほぼ実現しています。国会議員の中で、私が最もペーパーレス化をている議員かもしれません。

さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
===2023.7.27===

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皆様のコメントを受け付けております。

  1. こんにちは。

    逢坂さんの下記感想、正しく課題を指摘していると思います。
    添付のURLは、
    「紙の手帳vs.電子メモ!?東大・NTTデータ経研らが実験し
    「紙の優位性」がデータで明らかに」と題された記事のものです。

    https://webtan.impress.co.jp/n/2021/03/24/39540

    こうした観点から、現在、文科省が音頭を取って、雪崩を
    うって盲目的に進む教育の「ICT化」には疑問を持っています。
    ―――(引用)―――――――――――――――
    私が使う辞書の類のほぼ全ては電子を使っていますが、
    紙の方が記憶に残りやすいような気がします。真新しい紙の辞書は、
    使い込ん行くうちに段々と手に馴染み書き込みも増えたりします。
    特に小口が、ちょっと汚れて毛羽だつと、随分と勉強がはかどったとか、
    辞書が自分のものになった、そんな気になります。
    直接の文字情報に加えて、こうした手触りや質感が記憶には
    必要なのかもしれないとも思っています。
    ――――――――――――――――――――――
    うらべ

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